そのひとに実際に会ったのは、数年をおいてたったの2度ほど。


私が闇雲に手探りで彷徨していた20代後半の暗闇に、一筋の光明を与えてくれた女性。

その賢さ優しさ、ピンと伸びた背筋、歩幅の大きさ、立ち居振る舞いのエレガントさが大好きだ。クールだと思う。
(とても英国風だ!と思ってた)


その彼女が、10/9に亡くなったのだと。
今日不意に知ったというわけ。


昼間、なんの脈絡もなく「10月上旬って、何してましたかねえ?ああ、Johnの誕生日がありましたね」なぞと自問自答したのは、まさかまさかの虫の知らせではあるまいか。

放置気味のメール受信箱をチェックしたのも、虫の知らせではあるまいか。

(ならば、何故、それが今日、という疑問はさておいて)


最後に会ってから5年以上経つ上に、ここしばらくは彼女のことを考えもしなかったけれど、

今わたしはとても悲しい。


こんなにも悲しむ自分を自分で訝しく思うくらい、この世での彼女の不在が淋しい。



本当に不思議だよ。
私、ずっと彼女のことが大好きだったんだな。





仕事で、交友関係で、バンドで。
自分の存在意義なんてことを考えては足元が頭がぐらぐらして、周囲を困惑させてばかりの未熟な思想に、

「大体において、あなたはよくやっています」

という言葉がどんなに救いとなったかわからない。

以来10年くらい経つのだろうか、
「私ってダメなやつ!」
と落ち込む度に、彼女が言ってくれた言葉を思い出しては励まされてきた。
何なら今だってそうだ。



自分の外の世界とのつきあいかた(生き方、なんていうと仰々しい気がして)の主幹は、彼女が教えてくれたと思ってる。

なんか教わりに行った、って感じではなくて、みんなでゲームのようなものを楽しんで過ごした時間、という感覚。
まったく生まれながらの教師ですね。


感覚と論理のバランスがとれた思考の持ち主だった。
男でもあり女でもあり、「男」でなければ「女」でもない(既成概念にとらわれない・あたらしい)ひと。
大学生のときに私が目指そうと思った人間像。
かくして、数年後に彼女は私の小さな世界に現れた。






HPにあった彼女の最期についての友人の手記を読んで、しばらく呆然としてしまった。
(どうして、あなたも、癌だったのだろう。)

涙が自動的に溢れてきたのが、我ながらこれまた意外なことだった。
彼女は確実に私を憶えていないし、日本語も話さないし、長らく居をインドに構えていた。
そんなわけで前述の通りほぼ5年間、私の小さな世界の外にいたひとなのだけれども、

I miss you from the bottom of my heart, Mangala.


ただ愛着と云うものよりも、精神的支柱という段になると、喪失感が大きいんだなあ。まつを


なんだか、ぼんやりしています。







余談だけれど、主たる死因である癌転移のしかたが前出の友人Mと同じだった。

まさしく病との闘いであった筈なんだが、
どちらも我が人生に悔いなしと思っていたように見えた。壮絶さを知らしめることをせず。
だから真実、おだやかに静かに旅立っていったのだろうな。


ふたりとも、まったくcoolだぜ。
(私には到底真似できないよ)









なんだか、湿っぽい話ばっかりんなっちゃってね。中年ともなると。

たまには、ここんちの本筋たるB級ぐるめの話もしないとね!
(そうだったかの?)



マッコ
































だから自分が先生と心からお慕い申し上げてやまない最後のあのひとには一日でも長く生きていて欲しい出来れば毎日健やかで笑って暮らしていて欲しい近年ずっとそう願ってる俺は本気だぜいつなんどきもどこにあろうとも。
ちょい、ここ電波(キの字)っぽい…


mad about you
crazy for you
なんつってー




もうなんでもE!